フィンランドで


1995年1月北海道小鳩会の会員と子どもたち・家族、北海道難病連の事務局長と事務局員総勢13名でフィンランド研修旅行に行ってきました。ダウン症児・者は30歳(男)、12歳(男)、6歳(男)、そして泰代(20歳)の4名。難病連関係者以外は全員初めての海外旅行でした。

        

旅行中の泰代の様子を書いてみたいと思います。

笑顔があれば

 出発前にサンキュ−とマイ ネ−ム イズ ヤスヨは言えるように練習しました。フィンランド航空の機中でサ−ビスを受けた時にサンキュ−と小さな声で言えました。するとスチュワ−デスがフィンランド語でサンキュ−はキ−トスというと教えてくれ泰代も何度か言っているうちに覚え、他にもパイヴァ−(こんにちは)を覚え、旅行中このたった二つの言葉と持ち前の笑顔で充分親善を果たしたのです。

何でも食べられるって幸せ

 旅行中の朝食は全部ヴァイキングでした。パン2〜3種、バタ−、ジャム、ヨ−グルト、シリアル、卵料理、ハム・ソ−セジ、ベ−コン、チ−ズ、野菜は種類が少なくほとんどトマト、キュウリ、飲み物はジュ−ス、コ−ヒ−、ミルク、紅茶。昼食はレストランでパスタ、ハンバ−ガ−、サンドイッチなど。夕食はヴァイキング、ロシア料理、ガイドの日本人のお宅で日本食を一度。好き嫌いのほとんどない泰代は毎回しっかり食べ、パン食が続いても大丈夫でした。

     

北欧の冬

 訪れたのは観光目的の、スウェ−デンのストックホルムと福祉施設見学のフィンランドのヘルシンキとその近郊。北海道とあまり変わらない気候で同行者みんな体調を崩さずにすみました。思っていたより雪は少なく寒さも苦になりませんでした。朝は7時といってもまだ暗く、夕方3時には薄暗くなりました。そんな環境や見学の疲れを見せなかった子ども達に難病連の事務局長さんもみんな意外と元気でどこへ行ってもすぐ順応できるのには驚いたと言っていました。

冬の暮らしを暖かく感じさせてくれたのは、アパ−トの窓辺、住宅の玄関先に何気なく置かれていたロ−ソクでした。デパ−トの売場は色、形様々のロウソクで圧巻でした。泰代もきれいなパ−プルのロウソクをおみやげに買いました。

ああ本当に外国に来た感じ

 ストックホルムでの見学はノ−ベル賞受賞後に開かれる晩餐会の会場「青の部屋」のある市庁舎(ちょうど大江健三郎さんが受賞した後だったのでみんなでホ−ここかと興味深く見物)、昔の木造船が納められているヴァ−サ博物館、近衛兵が全く動かなかった王宮、可愛いウィンドウディスプレイのお店がいっぱいあって泰代が一つ一つ覗いて歩いた旧市街ガムラスタン。泰代は町を歩いてあぁ−本当に外国に来たんだと実感したようでした。

 

あこがれのシリアライン

 ストックホルムからヘルシンキまで豪華クル−ジングまるで町が引っ越してきたようなたくさんのお店、いくつかのレストラン、カジノ、プ−ル、船室で過ごすのがもったいないほどであちこち見学して歩きました。この船の中では泰代もおみやげを買うと言いだし甥への木のおもちゃ、いつもお世話になっている歯科のお姉さん達に頼まれた北欧の歯ブラシ、そして自分用にと木製の人形のペンダントを買いました。

泰代と難病連の事務局長の姪御さん(高校生)がベンチに座っていると自転車に乗って飲み物を売っているおじさんが二人にも飲まないかと勧めたそうです。何を売っているのか聞いたらびっくりビ−ルだったのです。二人はいくつに見えたんだろうかとみんなで不思議がりました。

ロフトタイプのホテル                 

 ヘルシンキ郊外の昔はビ−ル工場だったペンションに泊まりました。初めて体験したフィンランド式サウナ。泰代も「このサウナなら苦しくない」と体をたたく白樺の葉を珍しそうに眺めていました。夏であればサウナ小屋の前の川に飛び込んで体を冷やすとの説明もしっかり聞いていました。夏でなくてよかったと思ったようです。

夕食時管理人さんがプロの歌手で食卓の側でギタ−を引きながら歌ってくれました。ロウソクの明かりと、すばらしい歌声に泰代はすっかりロマンチックな気分になったようです。部屋もロフトタイプの可愛い部屋で「このホテルはいいね!」と何度も言っていました。

養護学校で

 ポルボ−市トゥリンポルテ養護学校ではもう授業が終わっていたのですが、お迎えを待っている子が3人ロビ−にいました。一人はダウン症の女の子でした。年齢は中学生くらいでしょうか?泰代はすぐにその子の側に行って握手し笑っていました。

校内にあるプ−ル、観葉植物の置かれた廊下、電磁調理器やオ−ブン、洗濯機に、大きな収納庫のある広い家事訓練室、籐でできたブランコのような椅子のあるホ−ル、「これ学校だよね」泰代の言葉はみんなの気持ちを代表していたようです。女性の校長先生が泰代に名刺を下さったので帰国してから泰代の名前でカ−ドを送りました。

  

カ−リシルタセンタ−

 ラハティ市にある親が作った義務教育を終えた障害者のためのスポ−ツ・文化施設。すばらしい環境に子ども達も感じ入っているのがよくわかりました。歓迎の歌を披露してくれた仲間達の美しい声、豪華ではないが優しさのあふれた昼食時のテ−ブルセッティング、プ−ルも体育館もあり、織り機の並んだ作業棟、草木染めのシルクのスカ−フの淡い色、思いっきり大胆な作品が貼ってある絵と陶芸の部屋。時間がゆっくり流れているように感じました。

子ども達もまるで自分の居場所を見つけたようにリラックス。ここでは地元の新聞社の取材があり泰代もインタビュ−を受けました。後にこのカ−リシルタは「あいのさとアクティビティ−センタ−」と姉妹提携をすることになるのです。泰代のまわりで何か目に見えないつながりが広がっているように思えます。

ハ−ビッコ校でナンパ?

 ヘルシンキ市にある成人の知的障害者を対象とした学校を見学。ガイドの方が「あなたが先に入るとみんなの緊張がとけるのよ」ということで、もうすっかり見学に慣れた泰代は一番先に笑顔とパイバァ−の挨拶付きで建物に入って行くようになっていました。ここでは待ち構えていたダウン症の青年に手を取られ、その後の見学はその青年とずっと一緒。座ってお話を聞くときも隣同士。お互い肩に手をかけてみたり、言葉は通じないのに何か言って笑ったり楽しそうでした。

この学校では私たちのためにダンスの時間を設けてくれ近くのホ−ルへ出向きました。すると先ほどの青年は背広に着替えエナメルの靴で登場したのです。「彼は日本からのお客さんと踊るのを楽しみにしていたんですよ」。ずっと二人で踊っていました。泰代の後からの報告「踊ってる時ね、いやらしかったんだ。キスしようとしたから、やめなさい、もう踊らないからと言ってやったんだ。そしたらやめたからまた踊ってあげたの」。ほんの半日のデ−トでしたが今も写真を見ると本当に親しそうな顔があります。泰代初めてのナンパされた体験です。

ソ−セ−ジ焼き

 ダウン症の女の子の他に二人の障害のある子どもの里親になって育てている独身の女性のお宅を訪問しました。市営住宅扱いになっているという家は昔裕福な方の家だったそうで、室内プ−ルまであるのにびっくり。大きな暖炉があってそこで子ども達はそれぞれ金の串に太いソ−セ−ジを刺して焼くのを体験しました。自分で焼いたあつあつを顔を真っ赤にしてほおばる姿はどこの子も同じでした。泰代はあまり食べない女の子の側に座ってジュ−スをとってあげたり、笑いかけたりなんとか友達になろうとしていたようです。

  

思い出を胸に

たくさんの思い出が今も泰代の胸にしまわれているようです。テレビでフィンランドという言葉を聞くと「あっ」といって見つめます。泰代が感じたことは同行のみんなが感じたと思います。日本とは何故こんなに違うのか。仲間達はみんな生き生きと暮らしているんだ。日本でもそうなるようにみんなで声を出し合っていきたいものです。

昨年カ−リシルタの合唱団が来札しました。懐かしい再会でした。泰代はこの次はデンマ−クに行くんだと決めているようです。そこでまた仲間達に会い、生活を見て今度はどう思うでしょう。早くその日が来るようにと思います。その時はタク(ありがとう)とゴダ(こんにちは)の二つは覚えて行こうね。