グル−プホ−ムでの生活            

97年4月から99年5月中旬までの2年間泰代はあいのさとアクティビティセンタ−の
グル−プホ−ムで生活しました。そこでの生活の様子をまとめて書いてあります。
  日記のバックナンバ−と合わせてお読みいただくと生活ぶりが
良くおわかりいただけると思います。

(2000年1月UP)

グル−プホ−ムでの写真が見つかりましたのでUPします。
今は懐かしい思い出です。

    

   

      夕食の支度をしています

   

       楽しい夕食の時間

   

       自分の部屋です

 

(1999年4月26日UP)

3月末で2ヶ月一緒に暮らした友達が家に戻りグル−プホ−ムでは以前の生活に戻りました。順調に生活していたのですが4月16日朝グル−プホ−ムで発作を起こしました。今回も脳波検査では異常は出ませんでしたが薬をもう一つ併用することになりました。今回の発作は疲れが引き金になっているように思います。今回の発作で今後も薬を合わせるためなど病院通いが多くなるのでグル−プホ−ムを出て実家からお店へ通うことにしました。グル−プホ−ムからの引っ越しはサポ−トして下さっている方がフィンランド研修から帰られてからということで5月8日になります。2年間ホ−ムで生活しましたが泰代にとってとても良い経験になりました。今後の人生にとって貴重な財産になるものだろうと思います。いつか再びホ−ムで生活できることを目指してしばらくは家で暮らします。これを機会に今まであまりできなかった料理に取り組みたいと考えています。新たに出てきた病気とうまくつき合いながら親子での生活を楽しみたいと思っています。

(1999年2月末UP)

泰代はこれまで大きな病気もせずに順調に生活してきましたが、昨年末家族との旅行先で発作を起こしました。病院で検査しましたが脳波,MRとも異常は見られないとのことでした。ところが1月下旬グル−プホ−ムで前回よりは軽いと思われる発作を起こしました。発作の間隔が短いということで予防するために、薬を服用することになりました。一ヶ月後に前回より詳しい脳の検査をしました。やはり異常はみつかりませんでしたが薬は続けて服用することになりました。発作の状態からてんかん症であろうということです。再度の発作は起きていません。薬は一日一度夕食後飲みます。

これからは月に一度薬をもらい、薬の血中濃度測定、生活上の注意点のお話を聞きに通うことになりました。泰代は発作や薬を飲むことを全く気にしていません。いろいろな検査も一人で検査室に行って受けてきます。自分の脳の写真には「ウワァ−、これ頭の中か。すっごい」と感心して見ていました。医師の説明もきちんと聞いていました。生活上の注意など後で尋ねるとしっかり聞いていたことがよくわかりました。家から離れて暮らしているので心配しましたがサポ−トして下さる方とよく話し合ってグル−プホ−ムでの暮らしでも大丈夫と思っています。

1月末からグル−プホ−ムにお店で一緒に働いている女性が一時入居することになりました。お母さんが入院するため2〜3ヶ月一緒に生活します。泰代と仲良しで、お母さんに「やっちゃん頼むね」と言われたそうで泰代も張りきって手助けしようと思っているようです。お風呂も一緒に入りできないことを手伝い、毎日雪道の苦手な彼女を気遣ってお店へ往復しているようです。ホ−ムは4人の生活になったのでとても楽しいようです。今まで以上に洗濯、お風呂などお互いのことを考えながら生活しなければならないこともありますがユ−ザ−の3人はみんな高等学校時代に寄宿舎生活を体験しているのでとてもうまく暮らしているようです。彼女の一時入居が終わったら寂しくなるかも知れません。


(1998年12月UP)

5月にUPした後泰代のグル−プホ−ムでの生活には何度か変化がありました。泰代の日記にもありますが3月から一緒に暮らすようになったSさんが過労から入院することになり退院後もグル−プホ−ムでの生活は無理とのことでHさんにサポ−トされながら暮らすようになりました。

そして11月からは空いていた部屋にT君という男子が入居しました。女子棟となっていたホ−ムに入居するには事情があったのですが、泰代はもちろん私たちも関係者全員の意見が一致して同居になりました。

T君は泰代より年下で泰代は良き後輩がきたので掃除の仕方、朝食の支度など教えているようです。また私たちはSさんの過労のこともあってサポ−トして下さる方の休養を考えて今のところ毎週土日は泰代は自宅に戻るようにさせています。後数ヶ月後には月に2回くらい戻る形になっていくと思います。今センタ−では他にも女子の入居希望が出てきそうなので新しいホ−ムにする家をさがしています。新しいところが見つかった場合は泰代もそこへ移ることになると思います。

これまで3人のサポ−トして下さる方と生活してきましたが皆さん泰代は自分のことは自分でできるのでほとんど手が掛からないと言って下さいました。今は夕食はパ−トの方が男子棟の分と一緒に作って下さるようになり、朝食はT君と二人で作ります。T君は目玉焼きが上手なので目玉焼きの時はT君に作ってもらい、スクランブルは泰代、(スクランブルはやさしいのでT君に教えているようです)野菜炒めは野菜を切るのと味付けは泰代、炒めるのはT君と二人でいいコンビで作っているようです。3人があまりお互いに干渉せず、できないことはお互いに手伝ったりサポ−トしてもらって、とてもいい状態で暮らしています。買い物もT君一人では心もとないのでHさんの都合が悪い時は泰代がついて行くそうです。

ホ−ムでの生活も1年7ヶ月になりましたがこれといった問題もなくここまできました。泰代もホ−ムでの生活には自信がつき季節の衣服の入れ替えもこの秋には手伝いにいかなくてもできました。サポ−トしてもらえるならばしっかりと生きて行けそうです。これからどんなふうに生活の場が広がっていくか、どんなことができるようになっていくのか楽しみです。


(1998年5月UP)

3月の途中からグル−プホ−ムで一緒に生活する人が替わりました。Sちゃんという人です。私よりお姉さんだと思っていたらまだ22才でした。Iちゃんはフリ−スク−ルのお手伝いをすることになりました。今までの生活と変わりありませんが、Sちゃんはお店ではなくセンタ−で働きます。 Sちゃんとの生活はきょうこの頃をお読み下さい。

4月からアクティブがセンタ−の分場になりました。もう小規模扱いではありません。授産工賃が変わりました。月に3千円旅行積み立てをひいて手取り1万1千円になりました。グル−プホ−ムの利用者は一般ユ−ザ−の倍額もらっています。                       


(1998年3月 娘は日記を付けていますが文面は簡単なものです。日記と娘の話すことをまとめて今の生活を娘の気持ちで書いてみました)

私は自分がダウン症だと知っています。どんな病気なのかはよくわかりませんが、ダウン症の人は顔が似ているのでわかります。

去年京都のダウン症フォ−ラムで5人の人達が発表した時に段の上に5人座っているのを見て「わっ−ダウン症ばっかりだ」と言って母に「あんたはダウン症フォ−ラムに来たんでしょう」と言われて「ああそうだった」と思いました。みんな手話、ピアノ、空手、といろいろなことができるのでびっくりしました。私は「特にこれができます」と言えるものはありません。でも毎日楽しく元気に暮らしています。

グル−プホ−ム 

私は今、グル−プホ−ムで暮らしています。マンションで4LDKの一つが私の部屋です。6畳洋間でクロ−ゼットがついています。他に私をサポ−トしてくれるIちゃん(同じ年です)の洋室と二間続きの和室と居間があります。

97年の4月からIちゃんと暮らしています。このホ−ムは男子のホ−ムが96年にできた時、私が女子のは何時できるのか聞きに行ったことがきっかけでできました。Mさん(施設長)は、入りたい人が4人になったら作ると約束してくれたのですが、希望者がいませんでした。

1年待ってちょうどマンションに空きができたので私の希望をかなえて借りてくれたのです。センタ−ではユ−ザ−の部屋は個室が原則なので、ここの二間の和室はショ−トスティやレスパイトとして使うことになっています。時々、お母さんが入院したユ−ザ−が泊まったりします。いつもは二人きっりの生活でみんなに優雅な生活といわれます。

グル−プホ−ム費(食費、家賃、共同費)として、月に障害年金(二級)のちょうど一ヶ月分の6万5千円を払っています。おこづかいは働いているアクティブのお給料(月平均手取り6千円)で足ります。自分で使う日用品も自分で買います。服や靴・バッグ等は親に買ってもらいます。貯金はありますがおろして使うことはしたくありません。

私は家族にケチだと言われています。だってお金は大事だからなるべく使わないようにしているのです。小遣い帳もちゃんとつけています。お母さんにお金と合わなければだめなんだよと言われますが、ときどきお金の方が少なくなります。その時は仕方がないので不明○○円と書きなさいと教えてもらいました。

グル−プホ−ムに入ったすぐは、Iちゃんのことも余りよく知らなかったし、仕事場もセンタ−からお店に替わったので、生活が変化してちょっと大変でした。友達や従姉妹に長電話して注意されたりしました。それからはホ−ムの電話では長く話さないように気をつけています。

ホ−ムに入ったので、何でもできるだけ自分で考えてやろうと思います。お店の開店準備で足が痛くなった時も、実家には電話しないでIちゃんと病院に行きました。かなり痛かったので自分から病院に行きたいと言いました。筋肉痛だろうと言われシップで5日間位して治りました。シップはIちゃんに手伝ってもらって貼りました。

毎日の生活

毎日の生活を書いてみます。今は朝7時頃起きます。身支度、洗面などして7時半朝食です。朝食は自分の分は自分で用意します。パンとソ−セ−ジ(焼いたり、ゆでたり)、牛乳、チ−ズ、野菜があれば炒めたりします。夕食のおかずが残っていたら食べることもあります。冷蔵庫にある物は好きに食べていいことになっています。最近私はスクランブルエッグにこっています。この前友達が泊まった時も作ってあげたらおいしいと言ってくれました。

食事の後は食器を洗って、着替えをして9時22分のバスでアクティブに行きます。以前はアイちゃんも一緒に働いていたのですが、2月の途中からIちゃんはセンタ−の仕事にかわったので私一人で行きます。

帰りは3時40分頃センタ−の送迎バスに乗ります。ホ−ムにはIちゃんが先に帰っています。毎日当番制で、トイレ、お風呂、洗面所、居間の掃除をします。洗濯は自分でたまったなと思ったらします。掃除は小学生から、洗濯は中学生から家でやっていたし、高校では寄宿舎生活だったので苦になりません。掃除の時に棚など細かいところも忘れないようにIちゃんは手順を書いて貼ってくれました。

夕食の献立はIちゃんが決めます。二人で買い物に行ってそこで相談して決めることもあります。Iちゃんが早く帰られない時は私がお米を洗ったり、頼まれた物を買いに行くこともあります。買い物はIちゃんが書いてくれます。でもやっちゃんの好きな果物買っていいよと書いてあると、何をどれだけ買おうか、腐っていないかなど頭を使います。買い物で失敗したことはまだありません。男子のホ−ムには助成金が出ることになったのでパ−トで食事を作る人が来ています。たまに一緒に焼き肉パ−ティ−をすることもあります。

夕食はIちゃんが作ります。私は少し手伝います。一緒に本を見ながら作ることもあります。夕食の時はテレビをつけません。お話ししながら食べます。夕食の後かたづけは自分の食器は自分で洗い、他の物は二人で一緒に洗います。

夕食の後はテレビを見たり、お風呂に入ったり、自分の部屋でCDを聴いたりします。だいたい10時には寝ます。Iちゃんは学校にも行っているので、遅くまで勉強していることもあります。

お店の仕事

お店は10時開店です。私は10時前にお店に着きます。お店では、ユ−ザ−5人とスタッフ3人が働いています。スタッフのうち2人はパ−トです。私が金庫からお金を出してレジに入れて開店の準備をします。自然食品の店なので時々しかお客さんは来ません。配達は毎日あります。

私の仕事はレジと値段付け、仕入れや配達について行って荷物運びをします。お店といっても小規模作業所になっているので、札作連のバザ−や区のバザ−に出店するのでその手伝いにも行きます。その時は自分で電卓を持っていって計算します。スタッフはできるだけ自分でやるようにとユ−ザ−のやっていることには手を出しません。お客さんは計算が遅くても待ってくれます。

お店で売っている物は、米やパン、調味料、お菓子、冷凍の魚、肉、ソ−セ−ジ、石けんやシャンプ−などいろいろな種類があります。センタ−の卵や、野菜も売ります。時間がある時は店の二階で機織りをしたり、チラシを作ったり、漢字の勉強をします。お昼はみんなでセンタ−から届く給食を食べます。ご飯だけはお店で炊きます。ユ−ザ−は3時半で仕事は終わりです。

土・日の生活

土曜日はユ−ザ−は隔週で休んでもいいのですが、私はお店が好きなのでいつも通り働きます。日曜日は自分の部屋の掃除をしたりのんびりする時もありますが、センタ−の友達とカラオケやボウリングに行くこともあります。Iちゃんと買い物に街まで行くこともあります。センタ−のスタッフとケ−キやランチの食べ放題に行ったこともあります。

日曜日にIちゃんが学校に行くこともあります。日曜でなくても用事があって夕食に帰られない時があります。その時は外食になります。駅前のレストラン、マンションの下にある和食屋さん、男子のホ−ムがある別棟のマンションの一階にある居酒屋さんに一人で食べに行きます。食事代はIちゃんがだいたい千円位でと渡してくれます。

最近は居酒屋さんで食べることが多いです。お酒は飲めないのですがお店のご主人とママさんがよくしてくれるので、カウンタ−でおしゃべりしながら食べるのが好きです。いつも電話で予約しておいて行きます。ジュ−スと焼き鳥と、ごはん、他に全部で800円位でとお願いします。野菜を食べなさいといつも家で言われるので、メニュ−にはないので頼んで野菜炒めを作ってもらうこともあります。

実家では

実家には長いお休みの時と、月に1回か2回帰ります。金曜日に帰って、月曜日の朝直接お店に行きます。家では両親と買い物に行ったり、母の手伝いをしたり、自分の部屋でCDを聴いたり、時には小鳩会の行事に参加したりします。おばあちゃんはホ−ムの様子や、仕事のことを知りたがっていっぱい質問するのでうるさいなと思う時もあります。ホ−ムのIちゃんは静かな人なので家に帰るとうるさいなと感じます。

父は「泰代が帰って来るとなんだかうるさくなるな」と言います。私の声が大きいとか階段を上がり下りする音が大きいと言います。でも、私が帰ってきて一番嬉しがっているのはお父さんだと私は知っています。ですから、寂しがらないように家で寝る時はお父さんの隣に寝てあげます。実家には用事がある時以外はあまり電話をしません。