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 母体血清マーカー検査と胎児条項 





母体血清マーカー検査(トリプルマーカー検査)の問題は,
 
「なんか難しくてよくわからない」
「一部の過激な意見の人だけが騒いでるんじゃないの?」
「いろんな立場の人がいるから,一概にはねえ……」
「やっぱり必要な人もいるから,認めざるをえないんじゃないの」
 
などといった声を聞きます.これらの意見は,ある意味で正しいことを言って
いると私は思います.でもその一方で,事態はとても切迫しています.つまり,
多くの人の認識と,現実に進みつつあることとの間に大きなギャップがあるの
です.そこで,
 
「じゃあ,いったいなにが問題というの?」
「今,どんなことが起きているの?」
「どんな風にこの問題を考えたらいいの?」
 
こんな疑問に答えるために,できる限り易しく,わかりやすい文章を考えて書
いてみました.「この話はうんざり」と言う方もいらっしゃるかもしれません
が,どうか今回だけはぜひとも読んでもらえたらと思います.






母体血清マーカー検査と胎児条項

〜なんでこんなに騒ぐの?〜

古川 徹生

「母体血清マーカー検査が……」と言うと「またその話?いいかげんにしてよ
ね」「もっと楽しい話が聞きたいな」って思われる方も多いかもしれません。
その気持ち,よくわかります。私もなんでこんなに騒ぐのかなって思って,い
ろいろ人に聞いたり調べたりしてみました。そしていざ話を聞いてみると,想
像していた以上に切迫した状態なんだ(ビックリ!)ってことがわかりました。
これは大変,それならもっと分かりやすくみんなに話さなきゃって思って書い
たのがこの文章です。そんなわけで「またか」と思った人も今回はちょっとつ
きあって下さいね。

・出生前診断も中絶もむずかしい問題だけど……

出生前診断の問題も,障害を持つ胎児の中絶の問題も,本当にむずかしい問題
だなあと思います。いろんな考えの親がいて,そしてみんなそれぞれに違った
状況に置かれていて。そんな中で何が正しくて何が正しくないのか,ちゃんと
言えるものだろうか……。そんな風にいつも思ってしまいます。
 
でもそれは当然ですよね。だって命の誕生に関ることなのですから。それなの
にどちらか一方を選ばなければいけないのも現実。だからこそ,時には悩んだ
り苦しい思いをすることだってあるわけです。私の周囲を見回してもいろんな
お母さんがいます。次の子を産むときに,悩んだ末に羊水検査を受けたお母さ
ん。こんなにかわいい子なら二人目だってと言って羊水検査を受けなかったお
母さん。どちらも一生懸命に考えての結論ですし,どちらの気持ちもとてもよ
く分かります。
 
マーカー検査の問題も中絶の問題も「答のないむずかしい問題なのだ」って言
うのは本当だと思います。たしかにひとりひとりの親にとっては答のない問題
です。でもちょっと待ってください。これが社会全体の問題となると話はちょっ
と違うのです。それはなぜかというと……

・社会全体としてはいろんな選択肢がある

たしかに親の立場では,出生前診断を受けるか受けないか,中絶するかしない
かの二者択一しかできません。でも社会としてはいろんな選択肢が可能です。
たとえば
 
A:マーカー検査や(中絶を前提とした)出生前診断は認めず,胎児の障害を
  理由にした中絶も一切認めない社会。
 
B:マーカー検査や出生前診断は本当に必要にしている人が正しく理解した上
  で受け,障害を持つ胎児の中絶はやむを得ない場合に限って認めるという
  社会。
 
C:マーカー検査は受けるのが標準。受けたくない人だけが断ればよく,出生
  前診断も可能な限り受けた方が良い。中絶も基本的には親の自由で,障害
  児でもいいって人だけ産めばいいという社会。
 
D:出生前診断を義務づけて,障害を持つ胎児は中絶すべきという社会。
 
という具合です。これらの中でDの立場は優生思想と呼ばれるもので,戦前に
ナチスがやったことと同じです。現代の社会で許されることではありません。
Aは一部のカトリックの国で行われていますが,日本がこの状態になることは
ちょっと考えにくいですね。ですから私たち日本の社会はBとCの間で揺れて
いるのです。
 
Cはちょっと考えると良さそうな気がしますが,実はCを認めてしまうと,ほ
とんどの妊婦さんが深く考えることなしにマーカー検査を受けて,そして発見
されたほとんどのダウン症の赤ちゃんが安易に中絶されることがわかっていま
す。それは他の国,アメリカ,イギリス,フランスの例から明らかです。
 
こう考えてみると,やっぱりBあたりの社会がいいのかなあって私は思うので
すが……

・ところがCにしたがっている人たちがいる……

マーカー検査は現在でもすでに認められていますが,実際に検査を実施してい
る医師はごく一部にすぎません。その意味では,今の日本はまだBの状態にあ
ると思って良さそうです。ですが,それをCの状態に持っていこうとする人た
ちがいます。その人たちの考えはこうです。「マーカー検査を受ける人はまだ
まだ少ない。それならマーカー検査を標準化してしまおう,そうしたらもっと
たくさんの妊婦がマーカー検査を受けるはずだ……」。こんなことを考えるの
はごく一部の医者と,ごく一部の企業です。でもその人たちの思惑どおりにマー
カー検査が標準化してしまったら,良心的な医師もそれに従わざるをえなくなっ
てしまいます。そうしたらマーカー検査が爆発的に広まることは間違いありま
せん。
 
「日本をCの状態にしてしまおう」と企んでいる人たちも,表向きは私たちに
聞こえの良い事を言います。「やっぱりこれからはおなかの赤ちゃんのことは
妊婦さんが知って,そして妊婦さんが自分の意思でどうするか決められるよう
な,そんな時代にしていかないといけませんよね」って。別に今でも私たちは
必要があればおなかの赤ちゃんのことを詳しく知ることができるし,本当にや
むを得ない理由があれば中絶という道を選ぶことだってできます。マーカー検
査だって受けることもできます。彼らの言うような,今以上の自由が私たちに
本当に必要なのでしょうか……?
 
そうそう,もしマーカー検査が日本中に広まったら,100億,200億円といった
お金が動くそうですよ。この利権がマーカー検査を普及させる原動力の一つで
はないかとも言われています。だからけっしてきれいごとだけの話ではないの
です。

・厚生省の「出生前診断に関する専門委員会」では……

もうみなさんご存じだと思いますが,昨年の暮れより厚生省の「出生前診断に
関する専門委員会」でマーカー検査のことが議論されています。専門委員会で
はマーカー検査に対する「見解」を発表することになっていますが,これはい
わばマーカー検査の実施上の注意事項をまとめた「ガイドライン」のようなも
のになっています。この専門委員会の見解がどう出るかが大きな問題になって
いるので,みんな騒いでいたというわけです。
 
マーカー検査の普及をめざしている人たちはこの専門委員会に大きな期待を寄
せているようです。もし彼らに都合の良いガイドラインができれば「この注意
事項に従えばマーカー検査をどんどんやっていいんだぞ」ってことになるから
です。逆に私たちの立場で言えば,彼らが好き放題できないような,きちんと
制約を設けたガイドラインを作ってほしいところです。
 
現実には私たちの旗色はとても悪いものでした。聞くところによれば,ほとん
どマーカー検査の普及を認めるガイドラインができる寸前まで行ったそうです。
ですが,なんとか最悪の事態だけは避けられました。ごくごく短い一文ですけ
れど,マーカー検査を安易に普及させないための記述を見解文の中に盛り込む
方針になったのです。これもたくさんの親や親の会から厚生省へ意見が届けら
れたためだと聞いています。ただし方針が決まっただけですからこれで安心で
きるわけではありません。最終結論は4月28日に出ます。

・そして胎児条項……

3月28日の各新聞で,日本母性保護産婦人科医会(日母)が胎児条項の制定
を求める見解を出したことをトップニュースで報じていました。胎児条項は障
害を持つ胎児の中絶を法律で認めてしまおうというものです。ついに出るもの
が出たかという気持ちです。
 
胎児条項もマーカー検査と同じ問題で,障害を持つ胎児の中絶がマルかバツか という単純な問題ではないのです。さっきのA,B,C,Dの選択肢と同じ話
で,日本の社会全体としてBにするかCにするかという話なのです。たしかに
現在の法律では障害を持つ胎児の中絶が認められていませんが,やむを得ない 理由があれば実際には中絶が認められています。その意味では現状の日本はBの状態なのです。
 
もし胎児条項が認められたらどうなるでしょう。出生前診断で胎児がダウン症
とわかったら,「障害を持ってる子は中絶したっていいんだよ。法律だってそ
う言ってるじゃないか」ということになり,むしろ中絶の方があたりまえになっ
てしまいます。胎児条項の制定を求める人たちは「現状と法律は一致しないか
らおかしい」と言います。でも法律を変えたら今度は現状の方が変わってしま
います。それなのに彼らはそのことに触れようとしません。
 
また今までの法律では妊婦の健康上や社会的な(経済的な)理由があるときに 中絶が認められています。いわば「胎児は悪くないけれど,親の置かれた事情
がそれを許さないから」中絶を認めるという形です。ところが胎児条項が認め
られると「胎児が障害を持っているから」という理由だけで中絶が可能になり
ます。他に理由はいりません。言い替えれば「悪いのは胎児自身だ。だから中
絶しても良い」ということです。これを国の法律という公的な文章で認めてし
まうのですからたいへんです。生まれて良い胎児と悪い胎児が存在するという
ことを法的に認めてしまうことになってしまうからです。
 
さらに胎児条項では「障害を持つ胎児は週齢に関わらず中絶できる」って文面
になる可能性すらあるのです。現にフランスでは、もう生まれてきても大丈夫
なほど大きくなった胎児の中絶が行われていて,そのときは薬物注射で安楽死
させているそうです。日本でもそうなるのかどうかまだわかりませんが,そん
なことになったらたいへんです。
 
胎児条項は遠い将来に導入しようなんて話ではありません。ごく近い将来に法
制化して導入しようという話なのです。だから今,言うべきことはきちんと言っ
て反対しておかないと,すべてがなしくずしのうちに進んでしまう恐れが大き
いのです。

  ・やっぱりむずかしい問題だけど……

厚生省の話も法律の話も離れて一人の親として考えると,やっぱりいのちのこ
とは難しい問題です。私ももっと考えないとダメだなあって思います。きっと
みなさんも同じように感じてらっしゃるんじゃないでしょうか。子どもはかわ
いい。この子が生まれてくるべきでない社会にはなってほしくない。でも苦労
をしてらっしゃる方もいる……。そんな親の思いがわかるから,ついはっきり
した態度を取るのがためらわれます。でもその一方で,そんな親の気持ちを利
用して,その気持ちを踏みにじるようなことを進めている人たちがいます。
 
私たちの割り切れない胸の気持ちは大事にしないといけません。でも,おかし
いと思ったことはおかしいとはっきり言っていかないといけない。そうしない
とずるずると今の流れに引きずられてとんでもないことになってしまうんじゃ
ないかな,そんな風に今の私は思っています。






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